2017年3月15日 (水)

4/30「慈眼寺」&「さまよえる魂」

<新作「慈眼寺」&再々再々再々演コメディ「さまよえる魂」>

佐々淑子 かねこはりい
宮澤 等(Vc) 真木恭子(Pf)
安達ロベルト(脚本, 作曲, 演出, Key)

生の芝居、生の音楽。そこに客席のエネルギーが加わると、、、。

再々再々再々演には、理由があります。

2017年4月30日(日)
※ 1日2回公演
1st】 開場13:00 開演14:00 
2nd】 開場18:00 開演19:00 

各公演¥3,000 +1drink別

南青山マンダラ
http://www.mandala.gr.jp/aoyama/
107-0062 東京都港区南青山3丁目2-2 MRビルB1
Phone: 03-5474-0411 Fax: 03-5474-0412

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南青山マンダラ 03-5474-0411

☆☆ お叱りの声、続々と ☆☆

「最後の展開わかってたのに泣いてしまった。くやしい」

「生演奏はずるい」

「サン=サーンス『白鳥』の原曲を思い出せなくなってしまった」

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◆◆ 音楽劇「慈眼寺(じげんじ)」◆◆

時は幕末。新しい国をつくろうとする朝廷軍と、武士の世をつづけようとする幕府軍が衝突。越後長岡藩の家老・河井継之助は、双方から味方に付くよう迫られる。その後の悲惨な戦に突入するきっかけになったとされる小千谷談判で、継之助は何をしようとしたのか。安達ロベルト初の時代物。

◆◆ 音楽喜劇「さまよえる魂」◆◆

居眠りから目覚めた健介が、妻・ツルとの半生を歌って踊って振り返る。クライマックスは孫・健太郎の結婚式。十八番の「八郎潟音頭」を歌ってご機嫌な健介に、なして恥かかせたと怒るツル。さあ、皆さまご一緒に。好評のコメディ、再々再々再々演。

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2017年3月12日 (日)

心と砂糖

父方母方ともに糖尿病を患った者がいるので、私は遺伝的にみると「糖尿のサラブレッド」。血糖値には敏感にならざらるを得ない。さいわいまだなってはいないが、外見を見ただけで糖尿病になりそうな人をなんとなく識別できてしまうくらい関心はある。

世の中に流通しているさまざまな食品に多量の砂糖が含まれることは私を少々ぞっとさせる。なぜなら、人類が地球に誕生して以来、これほどまで多くの糖分を摂ったことがないからだ。

500mlの清涼飲料水(清涼という言葉は誤解を招くのでそろそろやめるべきだと思う)には、たいてい、人が1日に必要とされる糖分の2〜数倍の量が入っている。いっきに飲み干すコー○やカル○スウォーターは、大さじ数杯の砂糖をいっきに食べていることと実質的に変わらない。

某コーヒーチェーンは、コーヒーそのもののアレンジには限界があるので、代わりにいろんな「季節の砂糖」を加えることでバリエーションを出している。売れ線の氷を砕いた飲み物は、ほとんど砂糖と脂肪と水でできている。

ところで、前回の記事で「心」について述べた。そこで、人が文字を使うようになり、脳で思考することが増え、「心」の副作用が顕著になったという安田さんの話を引用したが、そのような人と「心」の関係は、人と砂糖の関係にも重なるのではないか。

ご存知のように、糖分は脳のために必要な成分で、健全な脳の活動には適度な糖分摂取が有効だ。

砂糖は長い間、貴重品だった。「うまい」と「あまい」の語源が一緒と言われるように、砂糖のような高糖の食品を一般の人々が今ほど口にすることはなかった。

それが、近代農業、流通、食産業の発達により、大量生産、大量消費されるようになった。それにより、糖分の過剰摂取、食生活の「糖化」の副作用が顕在化している。そしてそれは、人間の過度な「脳化」の副作用が顕在化するのとほぼ時を同じくしている。

人間の脳化と糖化には、なんらかの因果関係があったりするのだろうか。つまり、人が脳を多く使うようになったから糖が多く消費されるようになったかその逆の関係性、そして、心の病の原因が糖分の摂り過ぎだったりその逆だったりする可能性が。それとも単なる偶然の一致か。

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2017年3月10日 (金)

巨大化した心と知性のようなもの

安田登さんの「あわいの力」を読んだ。出だしが衝撃的だ。

「現代は『心の時代』と言われます。
しかし『心』は昔からあったわけではありません。
昔の人間には『心』がなかったのです。」

心がないとはどういうこと?と思った。心は物心ついたときからずっと私のなか(たぶん)にあったからだ。

ところが、漢字の祖先ができた紀元前1300年当時、5000くらいの文字が既にあったそうだが、そのなかに「心」に相当する文字はなかったのだそうだ(できたのはその3世紀後)。

「まず『文字』が生まれ、それからしばらくして『心』が生まれた。『文字』という道具を獲得し、それを使っているうちに、人間の脳がさらに発達し、その結果『心』が生まれた」という。

心とは、発達した脳がつくりだしたもの。脳を発達させたのは文字。それ以前の人間は、もっと身体の感覚に従って生きていた。

「自殺や精神疾患の増加が象徴的に示すように、『心』が身体を超えて巨大化し、人類は『心』を制御できなくなっているばかりか、自らがつくり出した『心』によって、いよいよ押し潰されそうになっているように思えてなりません。この『心』の副作用から逃れるには、『心』に代わる何かを手にするしかない。」(安田登「あわいの力」〜ミシマ社)

自分の生活を振り返ってみると、人と「言葉」について話すとき、ふと自分たちが無意識に「文字も含めたもの」を言葉として捉えていることに氣づく。

しかし、霊長類としての人間の長い歴史のなかで、文字が使われた期間はそれほど長くはなく、しかも、誰もが文字を使うようになったのは、かなり最近のことだ。

さらには印刷やデジタルによって簡単に交換・伝達できるようになったのは、「ついこの間」のこと。

「知性」と呼ばれるものも、言葉の占める割合が多い。そこでは文字が中心的な道具となる。

個人的な話で恐縮だが、私は、そういう意味での「知性」をさほど使わない世界に長い間いた。

幼児期は読書の代わりに空想のなかで文字のない物語をつくり、少年期はもっぱら運動をやり、並行して絵を描いたり、文字を使わず耳から外国語を学んだりした。

今でこそ私は文字を使って表現もする。私のことを「体育を休んでプールサイドで読書していたような子どもだった」と思っている人もいるようだが、現実はむしろその正反対。夏休みは宿題を最後の日までしない、読書もしない、その代わりプールと虫とりに明け暮れていたような小学生だった。その頃は安田さんがいうところの「心」で思考していなかった。

その後、アマチュア無線の資格を取るために無線工学やら法規を学び、パソコンでゲームをつくるためにコンピューター言語を学んだ。それらは言葉ではあったけれども、物語ではなく「ロジック」だった。小学校高学年から中学にかけての話である。

読書をするようになったのは高校に入ってから、本来の意味での読書をするようになったのは大学に入ってからである(運動は高校までかなりやっていた)。

このような生き方をしてきたから、不思議なことに(あるいは当然の結果として)、今でも思考の順序が「身体感覚→ロジック→言葉」だ。

だから、「『心』じゃないもの」で思考している割合が多いのが、自分でもよく分かっている。写真を教えるとき「視覚で考える」みたいな言葉をときどき使うが、はたして伝わっているのかどうか。

これもある種の知性なんだろうが、人はそれを知性と呼ばない。少なくとも知能指数を測るテストや学術のなかには含まれない。それでも私は言葉や文字を使わない「知性」というのはあると思っていて、そのことにずっと関心があった。

私がアートでやろうとしていることはまさに、この「知性のようなもの」で思考し、実感している「なにか」をかたちにすることに他ならない。

ところで、欧米で写真作品を見てもらおうとする日本人の多くが苦しんでいる「ステートメント」。なかには作品を言葉に置き換えられるはずがないと嘆いたり怒ったりする人もいる。言い分はもっともである。言葉にできないから写真にしているわけで。

だが、安田さんがいう「巨大化した心」を持つ人々に理解してもらうための手段がステートメントだとは考えられないだろうか。それはいわば、作品を言葉に「翻訳」することである。

考えてみれば、文学でも、厳密な意味での翻訳はできない。とくに詩はそうだ。例えば言葉遊び(英語の韻を踏むようなことなど)は他の言語には置き換えできないし、文化的背景に負うようなニュアンスも伝えづらい。

同じように、写真も言語への翻訳は不可能である。

しかし、翻訳次第で詩の本質が伝わり、読者が感動できるように、写真作品もステートメント次第で、伝わり方や感動の幅が変わる。映画だって、字幕や吹き替えがあるほうが圧倒的に伝わるのだから、ステートメントもそれくらいのつもりで書いてみたいものだ。

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2017年3月 3日 (金)

写真のよろこび、音楽や演劇のよろこび

4/30に南青山マンダラで、新作の音楽劇「慈眼寺」と、おかげさまで数えるのもめんどうなほど再演し、毎度好評いただいているコメディの音楽劇「さまよえる魂」を上演する。

このブログを読んでくださる方の多くは、私を写真家だと思っていてくださっていると思う。それはそれでもちろんありがたく、私のひとつの側面はたしかに写真家。

しかし4/30の舞台は、脚本・作曲・演出を担当するお芝居。写真は一切出てこない。

写真を始める前から作曲をしていて、お芝居に音楽をつける仕事を多くやらせてもらっていた。やっていくうちに、演出家のリクエストに応えるのではなく、自分の好きなところに好きな音楽を、しかも生音でつけるということをやり始めた。

「さまよえる魂」は私の何作目かのオリジナル音楽劇で、2002年か2003年の初演(写真を始める前のこと)。その後何度も再演していて、最後は2015年かな。

「慈眼寺」は、司馬遼太郎さんの「峠」の主人公にもなっている河井継之助にまつわるお芝居で、場面は明治維新。シンプルながら、これまでにやったことのないアプローチで取り組んでいる。

どちらも1人〜2人芝居の小さな舞台だが、佐々淑子、かねこはりいという実力派の俳優がやるから、作者でありながら、毎度イマジネーションがびしばし刺激される。

詳細はまた別の記事で。

ところで、写真や絵をつくって展示することのよろこびと、音楽をつくって自分で演奏することのよろこび、音楽をつくって演奏家に演奏してもらうことのよろこび、芝居をつくって演じてもらうことのよろこびは、それぞれまったく違う。質と量両面において。

写真や絵は自分のなかで完結するけれど、つくった音楽や芝居は、自分の枠から外に出て、奏者演者が作者の予想を超えた領域に運んでくれる。どちらが優れているということでなく、異質なよろこびである。

だからどれをどれほどやっても飽きない。しかも満足することもないから、また次をやろうと思うのだ。

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2017年2月24日 (金)

絵画からヒントをもらう

影響を受けやすいたちなので展覧会は本当に厳選して見に行くようにしているが行くのは好きだ。近年は、写真展より絵画の展覧会に行くことが多い。

展覧会があれば欠かさず行くのは諏訪敦さん、平松麻さんなどで、最近は内田すずめさんや黒坂麻衣さんも「発見」した。それ以外にも面白そうだと思うと先入観なしでギャラリーに飛び込んだりする。

先日、平松麻さんの展覧会に行って、その作品の放つエネルギーとともにあらためて感じたのが、写真と比較して、「テクノロジー」の含量が圧倒的に少ないということ。絵画においては、作者つまり人間が最も「ハイテク」。それを超えるテクノロジーが制作に関わっていない。それは見る側に、作者の息づかいを感じさせ、ほっとさせる。

写真をやっていると、どこかで常にテクノロジーを扱っている。場合によってはテクノロジーに振り回されている。

それは、写真がいまだに発展しているメディアであることとも大きく関係しているが、それと同時に(またはそれ以上に)、写真のテクノロジーが、必ずしも「写真作品をつくるため」の方向に進化しているとは限らないためでもある。

例えば、2016年のベストと彼らが(勝手に)呼んでいるこれらの写真と、それからおよそ100年前のアジェの写真とを単純に比較して、写真のテクノロジーが「作品」のために発展しているかどうかは疑問だ(もっともアジェはこれらを「作品」としては撮影していないのだが)。

他方、絵画を見ると、作者が「つくっているんだ」ということが直観的にわかる。その重みというか筆跡が、アイデンティティとなる。

ふつうにデジタル写真でプリントをやっていると、画家が大切にしている「画肌」にあたる要素は紙選びくらいしかなく、「色づくり」はE社かC社か染料か顔料かくらいの選択肢になる。それらはテクノロジーの選択であって、そこに作者の筆跡は残りづらい。

これだけ写真が溢れるなかで、世に問う作品をつくるためヒントの1つは、「画肌」「色づくり」かもしれないと思う。たぶんそれは、「誰にでも簡単に高品質が楽しめる」ためのテクノロジーから2歩も3歩も踏み込まないと生まれてこない。

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