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2012年1月 6日 (金)

創造性

創造性というものについて、おそらく私はふつうの人より多くの時間を割いて考え、自分のものにしようと努力しているつもりだが、それでもそれがどんなものか正直言ってよく分からない。インスピレーションと呼ばれるものがどこから来るのかも、まったく分からない。

「創造性とは、いったい何でしょうか。人間の思考にこれほど重要で、人類の歴史にとってこれほど決定的で、ほとんど例外なく誰もが評価していながら、これほどとらえにくい概念もないでしょう」(「内なる画家の眼」 B.エドワーズ著、北村孝一訳)

殊に写真に関しては、目の前のものを複写するというその性質上、はたしてそれが創造的行為なのか、今もって確信を得たことがない。

私は作曲家でもあるのだが、曲をつくる作業の大半は、先人がつくった技法(たとえば和音の使い方)の上に成り立っている。

それでも、写真なら「誰も見たことのないイメージ」をつくろうと常に思っているし、音楽なら「誰も聴いたことのない音」をつくろうとしている。だが、どうやったらそのような「創造的な」仕事が常にできるか、方程式はやればやるほど見つからなくなる。

テクノロジーの進歩で、誰もが簡単に写真を撮れるようになった。押せば写るカメラで撮ってネットで公開したりすると、なんとなくクリエイターになったつもりになる。手軽さを否定するつもりはないが、その「手を汚さずして描いた画」は、はたしてクリエイティヴなのだろうか。クリエイティヴな写真とは何か、毎日自問している。

「耳で考える」(角川書店)の中で、スタッフのモチベーションが下がって困るという久石譲さんに対し、養老孟司さんが以下のように言っている。

「久石さんは(作曲で)『情報化』をしているわけですが、スタッフの人たちは『情報処理』をしている。その違いが根本的な姿勢の違いになっているんですよ。」

「今の人はよく『クリエイティブな仕事をしたい』とか言う。そのわりにはみんな情報処理ばかりしている。(中略)自分で考え出す、自分でつくり出すということをしません。情報処理がどんなに上手になっても、情報化ができるようになるわけじゃない。」

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