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2012年2月

2012年2月27日 (月)

写真と音楽(2)

3/15のライヴの準備を進めている。

このライヴでは、作曲家としてピアノを弾き、写真家として一部の曲の背景に写真をプロジェクトする。

私は今もっとも音楽と写真の関係を考えている者の一人だと自負しているが、以前は両者は別物、音楽は音楽、写真は写真だと思っていた。同時にやることがあっても、それはコンサートに変化をつけるためくらいの軽い認識だったと思う。それは、それぞれをつくるプロセスの違いにばかり意識が行っていたからだ。

ところが近年、実は似ているのではないか、写真と音楽には、思っている以上に共通点があるのではと思うようになってきた。

あるテーマ性のもと、可能な限り撮影し、多くのネガの中からセレクトし、それを暗室でプリントというものに仕上げるプロセスは、テーマを決め、可能な限り多くのモチーフのスケッチをし、その中から主題になりうるものをセレクトし、曲として構築するというプロセスに似ている。

写真のトーンは、音楽のハーモニーと共通点が多いし(同じ「キー」という言葉が使われたりする)、写真の、シャドーにウェイトを乗せる作業は、音楽の、ベースに圧力を持たせる作業に通ずる。

現代人の耳に、クラシック音楽が(非常に緻密できわめて高度なことをやっているにも関わらず)なぜ退屈に聞こえてしまうかということの理由を考えるとき、それを写真にしたらどんな画になるかを想像してみると、案外ヒントが見えたりする。

3/15のライヴは、想像の中で画を展開しながら弾くことを、これまで以上に意識したいと思っている。ピクチャーを時間軸の聴覚に置き換えたい。聴き手のイマジネーションを信じ、そこに向けて音を響かせたいと思う。

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2012年2月21日 (火)

好きな道具

私は自分のワークショップ参加者に「迷ったときは楽しいほうを選べ」と言っている。それは、たとえばその日撮影する機材を選ぶとき、どっちにしようか迷ったら、楽しいと感じるほうを持ち出せ、ということである。

なぜなら、楽しいと感じる道具だと、それを使うという行為自体が楽しいから、それに没頭できる可能性が高くなるからだ。没頭する時間が長くなれば、自ずと結果がついてくる率も高まる。もし仮に結果が出なかったとしても、充実感は残る。

参加者のなかには職業で写真を撮っている人もいることはいるが、ほとんどの人にとっては趣味か表現活動である。苦痛になっては続かない。

以前どこかで、イチロー選手が小学生に、どうやったら野球が上手になるか訊かれたとき、道具を大切にしなさいと答えたという話を読んだことがある。

道具を大切にし、愛着を持つようになると、人によっては、その道具を使うということについての「パーソナルな意味」が出てくる。使えば使うほど、思い入れが深まり、もっと使ってみたいと思うようになる。こういう風に使ったらもっと上手になるかもしれないというアイディアも出てくる。

この「もっと使ってみたい」という氣持ちが、物事の上達には大切だと思う。なぜなら、プロセスが楽しいと自然に「量」が増え、その結果「質」もついてくるからだ。

私は、本人が望まない限り、初心者に「初心者向け」と呼ばれる道具を勧めない。

それは、かつて私が写真を本格的にやるようになる前、人から勧められた機材を使って、写真を撮るという行為に飽きてしまったことがあるからだ。できれば、その人が「いずれは○○を」と思っている○○そのものを、最初から使ってみることを勧める(ただし「本氣なら」という条件付きで)。

カメラだろうと、楽器だろうと、スポーツの道具だろうと、初心者向けもプロ向けも原理や仕組みは同じ。好きでもない道具に金銭や時間をかけるのはもったいない。はじめから使いたい道具を使って、それを楽しんで使うのがいいと思う。

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2012年2月14日 (火)

間奏

以前のエントリーで、作品に手間をかけることの大切さについて書いた私だが、殊手紙に関しては、電子メールではないリアルメールになると、とたんに手間をかけることがおっくうになって、よく返事を出しそこねる。

荷物も、荷造りしたり住所を書いたりするより手渡しのほうが精神的に楽で、距離的に可能なら電車を乗り継いででも手渡ししたくなる。自分でも不思議。

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2012年2月 8日 (水)

写真と音楽(1)

3月15日に南青山マンダラで、フォトジャーナリストの佐藤慧さんとライヴを行うのだが、その準備を少しずつ進めている。

ご存知ない読者の方も多いと思うが、私は写真家よりも音楽家としてのキャリアのほうが実は長い(ちなみに佐藤慧さんは大学で音楽を専攻していた)。ずっと音楽と写真を別物として取り組んできたのだが、試行錯誤の末、ここ1、2年でようやく違和感なく一緒にできるようになった。

「一緒にできる」というのには、つくる過程や表現方法が似てきたということが一つと、スライドショーなどのかたちで一緒にみせる/聴かせるということが可能になったという、二つのことがあるが、今回は後者について述べてみたい(前者についてはまた後日)。

一緒に提示できるようになった背景には、音楽と写真、それぞれが互いを助け合うための条件というものを、経験則として少しずつ身に付けてきたということがある。

その条件とは、簡単にいえば、一方が「語りすぎない」ということだ。

たとえば、音楽の構成要素には、リズム、メロディ、ハーモニーがあると一般にいわれるが、そのなかでもっとも「語る」のがメロディだ。

リズムとハーモニーは、全体の雰囲氣、モードをつくりだすが、メロディは、語ることでそれに「意味付け」する力を持っている。それは、メロディというものが、人間の話し言葉に近いことと大きく関係しているだろう。

写真には写真の語りたいこと、意味がある。しかし、それとは別な言葉を音楽が語り、別な意味付けをしてしまうと、双方がちぐはぐな印象を与えてしまう。言い換えれば、写真がしゃべるつもりじゃなかったようなことまで、おしゃべりなメロディが勘違いしてぺらぺらしゃべってしまうというようなことだ。

それゆえ、写真と一緒に使う音楽は、適度に無口、つまりメロディアスでない、抽象的なほうが扱いやすい。または、具体的なメロディを使いたいのであれば、その言葉を、写真が語りたい言葉とある程度一緒にさせる必用がある。あるいは、音楽が具体的な分、写真のほうを抽象的にするのがセオリーだ。

ところが、だからといって、一方を抽象的にさえすればそれでいいかといえば決してそうとも限らない。そこはある程度の数をこなして、写真と音楽が一致する感覚を経験的に身につけるしかない。法則はあくまで法則であって、人に感動を与えるようなものはえてして、法則からはみ出るようなものであったりするものだ。

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2012年2月 7日 (火)

徹底したリアリズム

昨年末の「紅白」を観たある人が、その震災がらみの感情的な演出に、2012年に必用なのはそのような「過剰なセンチメンタリズム」ではなく「徹底したリアリズム」なのではないかと語っていたのが、ずっと頭から離れない。彼はきっと、復興支援のあり方なども含めてそうコメントしたのだと思うが、ここでは、ものづくりに限って考えてみたい。

情報に人がお金を払わなくなってきて久しい。その代わり、「体験」に人はちゃんとお金を使う。

たとえば、CDは売れなくなってきているが、コンサートに人はお金を払って行く。情報誌(多くのカメラ雑誌を含む)は売れなくなってきているが、登場人物を疑似体験できる小説やマンガは(以前ほどではないにせよ)売れている。

一説によると、たとえばコンサートに行くとき人は、ある特定の感情を味わいたくて、そのためにお金を払ってまで行くのだという。確かにそうだ。好きなミュージシャンのコンサートに行くときは、お氣に入りの曲を聴いたときに感じる特定の感情を、生演奏で、よりリアルに、体全体で感じたくて行くだろう。

だが、つくる側(体験を提供する側)がそれを狙いすぎると、人に感情体験させることを目的にしすぎると、かえって人の心が離れてしまうことがある。そうさせないヒントが、「徹底したリアリズム」にあるのではないかと直感している。

我々は同じような生活をして、同じような現実を共有しているようで、実は「リアル」だと感じることは人によって少しずつ異なる。ネットコミュニティの多様さを挙げるまでもなく、集団で一つの共通リアリティを持つなどということは、今日においては不可能だろう。

だからこそ、自分自身とって何がリアルかを自覚し、それを受け入れ、できるだけ生き生きと、あるいは生々しくかたちにする。しかも徹底的に。そして、もしそれを必用とする人がいるならば、できるだけ直接的にその人へ届け、共有する、そんなことが大切なのではないか。非常に抽象的ではあるが、そう感じている。

今年は、2月〜4月にかけて、作品を発表する機会が多くある。そのとき、どれだけ(自らの)リアリズムに徹することができるか、自分自身への挑戦だ。

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2012年2月 5日 (日)

人を撮ること

本格的に写真を撮るようになったばかりの頃、カルティエ=ブレッソン、木村伊兵衛両氏のパリの写真や、土門拳氏の昭和少年少女の写真らを目標に、見知らぬ人々のいわゆる決定的瞬間スナップばかりを狙っていた。彼らの面白い表情や動作をフィルムに収めることができるかどうか、それをいかに画にすることがきるかが、大きな目標だった。

しかし、あるときからそういう写真への興味が急速に失せていった。

それは、あるきっかけで(これについては機会があれば述べてみたい)あらためて自分が撮ったそのようなイメージを客観的に見たとき、被写体への感動や共感が希薄で、「面白い」、「画になっている」以外なんら魅力がなく、自分が「作品として」そのような写真を撮る意味が、まったく感じられなかったからだ。とくにそれをプリントにしたとき、自分のプライベートな空間に飾りたいか、自分がギャラリーの客ならそれを購入したいかと自らに問うたとき、答えは明白であった。

だからといって、上記の巨匠への評価が変わったのかと言えば決してそうではない。むしろ自分が撮れなくなった分、彼らへのリスペクとが増したと言ってもいい。あくまで私個人が撮り手として、そういう写真を撮り続ける意義が感じられなくなったということである。

私がネットで人物写真をあまり公表しないことには、肖像権や契約上の制限もあるのだが、それと同程度に、このような背景がある。

その後年月も流れ、個人的な生活においても社会においても大きな変化がいくつかあり、私の考えも変わってきた。一度歌わなくなった歌手がやはり歌を諦めきれないように私も再び、人が撮りたいと強く願うようになってきた。だがそれは、見知らぬ人のスナップではなく、家族や友人、あるいは私が撮りたいと願う人、または私に撮ってほしいと願う人の写真である。

子どもを持ち、さらには311を経て、写真というものの位置づけが、自分のなかでシフトした。アートあるいは表現としての写真だけでなく、想い出を美しく定着させるための写真というものが、少しずつ大きな意味を持つようになってきたのだ。

震災で家族を失った友人もいるし、瓦礫から出てきた写真を洗浄するボランティアをする写真仲間もいる。彼らにとって、震災を経て残った写真は、特別な意味を持つ。印画紙に定着したイメージが美しければ美しいほど、記憶も美しいものとして想い出されるだろう。

Photo For You >>

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2012年2月 1日 (水)

アーネル・ピネダ

今回は音楽の話。

ご存知の方もいるかもしれないが、かつて70、80年代にヒットしたロックグループ「ジャーニー」の、スティーヴ・ペリーが抜けた後のリードシンガーを、現在はフィリピン人のアーネル・ピネダがつとめている。

ふーん、だからなに?と思われる方も多いと思うが、非常に保守的な北米ロック市場において、これは快挙と言っていい。坂本九さんや最近では由紀さおりさんの例もあるが、それらは日本語で歌われていたわけで、事情がやや違う。

以前米国のポピュラー音楽事情に詳しい知人に聞いた話では、あるオーディションで圧倒的に票を集めたヴォーカリストがいたのだが、彼がアジア人との混血という理由だけで、どこのレーベルも契約しなかったそうだ。それくらい北米のポピュラー音楽は(人種的に)保守的だ。

坂本龍一さんが言うには、クラシックやジャズの世界では、ポピュラー音楽ほど人種は関係ないらしい。とくにクラシックにおいては、小澤征爾さんの活躍によるところが大きいそうだ。

さて、そのジャーニーは、スティーヴ・ペリーという美形かつ美声のヴォーカリストが人氣を博していたわけで、ファンもおそらく保守的な人が多かったと想像する。

ところが、スティーヴが抜けて久しいジャーニーのメンバーが、たまたま彼らのレパートリーを歌うアーネルをYouTubeで見つけ、リードシンガーにすることを前提にアメリカにオーディションに呼び寄せたというから驚きだ。

私もYouTubeでアーネルの歌を多数聴いたが、本当に惚れ惚れする声である。ジャーニーに留まらず、シカゴ、ボンジョヴィなどのレパートリーも朗々と歌い上げるその力量は、個人的にはスティーヴ以上だと思う。

アーネルは少年時代に路上生活をしたこともあるそうだ。人種だけでなく、階級偏見も超えて大抜擢したジャーニーのメンバーと、すべての条件を無意味だと思わせるほどの歌唱力を持つアーネルに拍手を送りたい。アジア人にとって、また貧しい生活を余儀なくされている人々にとって、彼の活躍がどれほど励みになるか分からない。

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(c) Phey Palma

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