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2013年2月

2013年2月 3日 (日)

文体

写真における「文体」とは、色、トーン、構成(構図)だろうか。そして、その文体に魅力さえあれば、極端な話、被写体は何でもいいんじゃないかと思わないでもない。

たとえば、作家の村上春樹さんは、「文体は一種の信用取引みたいなものだから、安心感があれば読者はついてきてくれる」という意味のことをどこかで言っていた。

たしかに小説を読むとき、その作家の文体と自分のリズムが合うと、それに「乗っかって」、どんどん小説の奥へと入っていける。

逆に、その文体が肌に合わない場合、ストーリーに興味があっても、小説を読み進めることが困難だったりする。

少なくとも自分の場合、文体に乗っかって奥へ入っていったときに初めて、内容や物語そのものが氣になり始める。

音楽においても、たとえば洋楽を好きになるとき、歌詞の内容を知るより前に「歌の文体」である曲に惹かれ、その後に歌詞を知るということが多いのではないだろうか。

ここでもやはり、文体に乗っかって曲の奥に行った後、詞によってそれを深く理解する、という順序だ。

写真においても、たとえば森山大道、川内倫子といった写真家を好きになる場合、森山さんや川内さんが撮っている被写体が好きだからというのは後からついてくるもので、おそらく多くの場合、まずは彼らの個性的な「文体」に惹かれる人が多いのではないかと想像する。

そう考えると、冒頭にも言ったように、被写体とかモチーフ以前に、まずは文体ありきなのかなと思う。もっとも、被写体あっての写真、内容あっての文体であり、総合的にみたら両者は等しく強いものでなければならないとは思う。詞と曲がそういう関係であるように。

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