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2013年12月11日 (水)

テーマとモチーフ

最近思うのだが、混同されやすい二つの考え方「テーマ」と「モチーフ」を分けて考えることは、写真作品において、案外大切なのではないか。両者が重なる部分もあるが、性質は違う。

一般的な定義では、「テーマ」が、作品のアイディア、メッセージ、目的などを指すのに対し、「モチーフ」は、特定のイメージや出来事を指し、(文学や組写真などでは)多くの場合、作品中で繰り返される。

たとえば、「雪の結晶をモチーフに、多様性をテーマに組写真をつくった」などと言える。

現代美術では、モチーフを意識している画家は多く、たとえば水玉、蝶、滝など、具体的なかたちやモノを繰り返し作品に登場させる。

ところが写真の世界では、「テーマを持つこと」の大切さを強調する写真家は(とくに日本には)多いが、「モチーフを持つこと」を説く写真家は少数だ。

その結果かどうか分からないが、日本人では、文学的なテーマを模索する人が(西洋に較べて)多いと感じる。作者の主観、心理描写を重んじ、ウェットなテーマを選ぶことを好む。撮影のときも「何を感じて撮ったか」を大切にする。

他方西洋では、心配性で勤勉な国民性が日本人に似ていると言われるドイツ人でさえ、写真においてはむしろ正反対で、テーマよりモチーフを重んじるように私には映る。ベッヒャー夫妻が、その最たる例で、主観を排し、ドライにモチーフを繰り返し描写する(同じ東アジアでも、韓国の写真家は、モチーフを重視する人が多いように私は感じている)。

主宰する写真ゼミでも、モチーフを繰り返し使う客観を重んじた作品づくりをやってみるのもおもしろいんじゃないかと再三言ってはいるが、実行する人はほとんどいない。どこか文学的要素がないと日本人にはつまらないのかもしれない。

音楽でもそうで、ミニマリズムと言われる、主観を排してモチーフを繰り返す作曲法を得意とする日本人作曲家はあまりいない。もしかするとそれは、どこか切実でロマンティックな要素がないと、「表現」だと感じないからなのかもしれない(それはそれで個人的には理解できるのだが)。

ベッヒャー夫妻のタイポロジーほど客観に徹したスタイルでなくとも、モチーフをはっきり意識したつくり方をする人がもっと増えてもいいだろう。

これからフォトレビュー等で欧米のギャラリーや出版社と接触しようとする写真作家にはとくに、テーマとモチーフを区別して考えることを勧める。もしこれまでモチーフというものをあまり意識してこなかったとしたら、これを機に考えてみてはどうだろう。なぜなら、西洋における写真は、日本以上に「現代美術」であるからだ。

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