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2015年12月18日 (金)

故郷のための曲

いま故郷の中学校の吹奏楽部と地元のお囃子メンバーのための曲を書いています。来年2016年6月に演奏予定です。

こういう仕事は初めてで、しかも同級生からの依頼なので、とても光栄で、そしてワクワクしています。故郷に恩返しをしてこなかったのでとくに。

吹奏楽は十数名の小編成。たとえばクラリネットは、大編成のバンドではオケのヴァイオリンのような役割りを任せられるのですが、ここではそのような手法は使えません。金管がフォルテで唸れば木管は聞こえなくなります。アレンジの腕の見せどころです。

お囃子は「しゃぎり」と呼ばれ、故郷の誇りである祭り(1年間祭りのために生きているような人もいるほど)で、毎年街中を練り歩きながら演奏されます。男子は小学校高学年から全員が参加し(近年は人数が足りず女子も参加しているとか)、全員が演奏できるようになります。私もしゃぎりのすべての楽器が演奏できます。

楽譜がなく、曲はすべて口承。耳と手で覚えるせいもあり、知らず知らずのうちにその独特な節回しを身につけます。

今回作曲するにあたって、篠笛で音を確認しつつ進めたのですが、新しい曲であるにもかかわらず「それっぽい」節回しになります。手が自然にそのように動きたがるのです。

タンゴの革命児と呼ばれたピアソラも、細かな節回しに、タンゴをやる人なら誰もが身につけているフレーズが多いそうです。

私の篠笛はピアソラのバンドネオンとは比べ物になりませんが、古くから伝えられる音楽、生活に密着した音楽には、それぞれの節回しというものがあって、やっている人は自ずとそれを身につけます。私はそれが本当に美しいと思っています。

私は、近現代の箏曲のような西洋の音律(平均律)で篠笛のパートを書きたくありませんでした。つまり、ドレミの音階に収まらない音、独特の美しい節回しを使いたかったのです。

ところがいま、たとえばインドのポピュラー音楽を聴いても、10年くらい前と比べて、ずいぶん欧米の音楽っぽくなりました。それはやはりインドでも平均律化が進んでいるこということでしょう。

楽譜に書ける音楽、電子楽器(とくに鍵盤楽器)やDAWによる音楽は、音楽を豊かにした反面、そこに収まらない音階、音律、節回しを排除し、音楽を貧しくしたとも思っています。

また、お囃子のパートは楽譜を書かずに口伝え(音伝え)にします。楽譜に書くことはもちろんできるのですが、書いてしまうとどこかうそっぽくなりますし、普段通りにしたいというのもあります。

吹奏楽のパートは楽譜にします。吹奏楽のフレーズ感は、やはり西洋音楽のそれです。

吹奏楽とお囃子とでは、もちろん音律(音程)が違います。ピッチが微妙に(音によってはかなり)ずれています。

絶対音感のある方が聴くと、きもちわるく感じるかもしれません。でも、異質なものが異質なまま鳴るので、本当に聴く耳のある方なら、逆に面白いと思ってもらえるのではないでしょうか。

ともかく、異質なものどうしを異質なまま、でもハーモニーをもって鳴らしてみたいと思っています。

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