« 2/6「ねむりのコンサート」 | トップページ | 創造性が望むこと »

2016年1月23日 (土)

住するところなきを、まず花と知るべし

「初心忘るべからず」という言葉を誰もが聞いたことがあるでしょう。父・観阿弥がつくった能を完成させたと言われる世阿弥が言った言葉です。

世阿弥は幼少期に今風の言葉でいえば「アイドル」で「ちやほや」されたのですが、人生のある時期、時の権力者に「disられた」人物です。

能という「ミュージカル」あるいは「オペラ」は、世阿弥がアイドルに甘んじることなく緻密につくりあげて、完成しました。台詞、歌、音楽、踊りが高レベルで一体となった能は、世界中見渡してもおそらく他に例がありません。

たとえば能のなかの音楽ひとつ取っても、誰も楽譜を見ていないので、即興的要素が強いと思われがちですが、実はほぼすべてが計算され、決められています。

そこには、世阿弥の非常に「現実的な」思考の影響が、多かれ少なかれあるのかもしれません。

世阿弥の言葉として残されている「風姿花伝」は、もともとは門外不出の書物で、一般の人は見るはずのないものだったのですが、それが世に出て、世阿弥の言葉が我々にも届くようになりました。

それらは元アイドルの浮ついた言葉ではなく、現代にも通じる「地に足のついた」言葉です(能楽師がかかとをつけて摺り足で歩くのは偶然ではないのかもしれませんね)。そのごくごく一部をご紹介します。


「稽古は強かれ、情識はなかれ」

稽古はしっかりやりなさい。ただし、それに慢心してはならない、という意味です。

努力してつかみ取ったものは自分のものになるのですが、人はその上にあぐらをかいたり、へんなプライドを持ったりしやすいのではないでしょうか。世阿弥はそのことに注意を促しています。


「住するところなきを、まず花と知るべし」

常に変化しつづけることが、最も輝く方法だという意味です。

世阿弥のいう「花」とは、「芸の中心」「その人の輝き」などを指す抽象度の高い言葉ですが、芸事に限らず、ビジネスでも人間関係でも、花は欠かせません。

いくつになってもどのようなステージにおいても、一カ所に安住することなく、変化し続け、その場そのときにしかない花を持ちたいものです。

アイドルからスタートし、人生の局面局面で最も輝く方法を探っていった世阿弥ならでは言葉だと思います。

016c7119

© all rights reserved

|

« 2/6「ねむりのコンサート」 | トップページ | 創造性が望むこと »