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2016年3月

2016年3月18日 (金)

印画紙の話〜写真展をつくる(13)

たまには「ハードウェア」についての記事を書いてみたいと思います。

6月の写真展に向けて使っている印画紙は、ADOXのMCC110というものです。かつてアグファのブランドで出されていた印画紙と同じ乳剤を使っていると言われています(暗室を始めたばかりの頃、アグファの印画紙を一番多く使っていました)。

実はまとまった展示のために「マルチグレード紙」を使うのは、そうとう久しぶりです(2008年以来?)。近年は「号数紙」か、フィルターと関係ない技法を用いたプリントばかりやっていました。

ご存知ない方のために説明すると、マルチグレード紙というのは、フィルターを使ってコントラストを変えることのできる印画紙、号数紙というのは、あらかじめコントラストが決まっている印画紙のことを指します。

号数紙を使っていたのは、トーンがクリアだからです。でも、MCCにも号数紙に匹敵する抜けのよさがあります。そんなこともあってのマルチグレード紙です。

印画紙が少なくなったと嘆く声をよく聞きますが、それを理由に暗室をやらないのはリサーチ不足。海外からの通販も含めれば、まだまだ種類は多いです(白黒に限りますが)。

プリントに関して私は、「アナログ=銀塩(ゼラチンシルバー)」だとは思っていません。ゼラチンシルバーは、プラチナ、パラジウム、カーボンなど、様々なアナログ白黒写真の技法があるなかの、あくまで1つの技法にすぎないと思っています。

ゼラチンシルバーについては、慣れているし好きではあるものの、プラチナプリントの美しさには敵わないなと長い間思っていました。ところが、数年前、プラチナプリントで有名な栗田紘一郎さんのゼラチンシルバープリントを拝見する機会があり、自分の認識を改めました。なぜなら、栗田さんのゼラチンシルバーは、プラチナに勝るとも劣らない美しさだったからです。

それ以来、プラチナはプラチナ、ゼラチンシルバーはゼラチンシルバー、それぞれの美しさがあって、自分はゼラチンシルバーのそれを追求すればいいのだと思ってやっています。

白黒写真の作品をつくるということは、私にとって、単にカラーをグレースケールに置き換えることではありません。

なぜなら、プリントは「物質」であるからです。プラチナにはプラチナの、シルバーにはシルバーの物質性があって、それが作品の印象を大きく左右します。

うまくできているかどうかは別として、とにかく今は、目の前にあるシルバーを信頼してプリントしています。

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Dark

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2016年3月16日 (水)

向いている仕事とは

小学生のとき、将来やりたい仕事は?と訊かれると「野球選手」と「漫画家」と答えていたように思います。

野球選手は当時の小学生男子の半分くらいはなりたいと言っていたように思うのですが(個人の印象です)、漫画家はどうだったのでしょう。

そんな小学時代のある時期、友人たちと競うようにマンガを描いていました。小学生にしてはけっこうな量を描いていたように思います。

もし私が写真のトレーニングを人生のどこかで積んだことがあるとしたら、たぶんそのときです。

マンガは、コマの中にどうやって人物を配置するかで印象が変わります。それはつまり構図です。たとえば、どうやったら迫力が出るかとか、悲しい印象になるかとか、小学生なりの最高のスピードと発想で考えて描いていったわけです。

今写真をやっていて、意図があれば、写真のなかの人物の、たとえば頭を切ったとしても抵抗がないのは、たぶんそのとき自然に身に付けたことです。

実際、大人になって、マンガを描く仕事を1、2回やったことがあります。

あるとき、もしかして写真についてのマンガが描けるかも、おもしろいかもと思ったことがあります。

でも、マンガを描くのは、かなり緻密な作業です。1つくらいは描けるだろうけど、2つ3つ続ける自信はありません。なのでこのときは、モチベーションが行動に移るところまでは行きませんでした。つまり、めんどくさくなって諦めちゃいました。

向いている仕事というのはたぶん、たとえ緻密で時間がかかっても、周囲からはめんどくさい仕事に見えても、よろこんでできる、腰が軽い、継続できる、飽きない、そういう仕事なんだろうなと思います。

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2016年3月 8日 (火)

何が人の心を打つのか

国連で働きたくて大学では国際法を学んだものの、卒業間際に、ここで作曲をやらなくては一生後悔すると思い、作曲家(すずきみゆき先生)に弟子入りし、以来、紆余曲折はありましたが(その10年後に写真を始めるとか)ずっとものづくりをやっています。

その間考え続けている(そして未だに明確な答えの出ていない)問いが、「何が人の心を打つのか」です。

この問いを考えるときに必ず思い出すのが、ソニーの創業者の1人、故・盛田昭夫さんの英語スピーチを聴いたときのことです。

十代でソニーの奨学金をいただいて留学した経緯で、大学時代のあるとき、ソニー本社に呼ばれ、大勢の奨学生OB、現役生とともに、盛田さんの話を生で聴く機会を得ました。

盛田さんの英語の「発音」はジャパニーズイングリッシュそのもの。発音だけ取れば、決して上手というわけではありません。それもそのはず。大人になってから身につけた言語なのですから。

ところが、言葉一つひとつが響いてきて、私たちの心を打ったのでした。

理由はたくさんあると思いますが、第1に、口にされたのが盛田さん「自身の言葉」であるということ。それは、経験に裏打ちされた内容と語彙による言葉。「多国籍企業」という言葉がまだないころから第一線で積んできた経験です。仮に同じ内容を誰かが代理で読んだとしたら、はたして感動できたかわかりません。

第2に、シンプルでクリアな語法であること。ネイティヴのように流暢でないことを逆手にとった語り口です(もちろんご本人にそのつもりはないでしょうが)。

そして第3に、伝えたいことがはっきりあって、それを伝えるという意志にもとづいて語っているということ。

この経験ではっきりわかったのは、技術(この場合は英語を話す技術)はある程度は必要なものの、技術を極めていった先に感動があるわけではないということです。

もちろん技術がなければ何も伝わりません。非常に大切です。でもそれがすべてではないということです(ただし、それを技術を身につけないことの言い訳にしてはいけません)。

その後、それまで専門教育を受けたことなく音楽を学び始めるにあたって、楽器奏法をはじめとする技術にコンプレックスのあった私は、このときのことを思い出しては大いに励まされ、盛田さんの英語スピーチのように音楽を奏でたいと思ったのでした。

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