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2017年1月25日 (水)

ラルフ・ギブソンの考える個性

昨日の記事で、ラルフ・ギブソンにとっての写真は、被写体ではなく、ものの見方であるということに触れた。

そのラルフ・ギブソンがTEDで、「デジタル時代のビジュアル・アイデンティティ」という内容で話している。ビジュアル・アイデンティティという聞き慣れない言葉は、「その人にしか撮れない写真」と意訳できるだろう。

デジタルカメラの普及で誰でも写真が撮れるようになっている、しかしソフトウェアのせいで、誰がとっても同じように見える。そのなかで、その人にしか撮れない写真というのはなにか、という内容だ。

彼は、1枚の写真を撮るのに3つの要素があると言っている。それは「どのように撮るか、何を撮るか、どこにカメラを構えるか」。

その3番目の「どこにカメラを構えるか」に、個性があるというのだ。昨日の投稿と共通する内容である。

「どの偉大な写真家の作品を見ても、その人の『視覚的署名』があるのがすぐわかる。カルティエ=ブレッソンやロバート・フランクの写真は、解説を読まなくても、駐車場の反対側から見てもわかる。

ではこの『視覚的署名』はどうやって形成されるのか。いくつかの可能性がある。眼科の専門家によれば、眼球には指先や性器より多くの神経が通っている。眼球は自己モニター可能な部位で、その後ろにある脳が実際に処理するよりも多くのものを見ることができる。」

「視覚的署名」というのは、西洋にはその人本人であることを証明するサインという慣習があるが、その写真版のことである。偉大な写真家の作品には「写真のなかにその人のサインが書いてある」ということ。そして、その署名は、写真家(の眼球)がものをどう見ているか、によって書かれるというのだ。

日本では、個性を作品に出そうとすると、その人の「想い」を投影しようとする人が多いように思う。しかし、ラルフ・ギブソンは、「眼球がどう見ているかに個性が出る(意訳)」と言っているのだ。

余談だが、面白いのは、日本と西洋の文字にたいする考え方の違い。日本では「習字」などを通して、美しいとされている文字を誰もが同じように書けることを目指すのに対し、西洋では、文字にはその人の個性が出るから、個人を識別するために文字を書く(サインする)のである。

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