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2017年1月23日 (月)

アルヴォ・ペルトの語り口

昨日の記事で述べたオーラヴル・アルナルズの「語りすぎない技術」。彼は20代でそれを学んだそうだが、私の20代を振り返ってみると、技術的に不器用だったせいもあって、むしろどうやったらもっとたくさん語れるかを懸命に考えていたように思う。

同じ語りすぎない作風でも、「言いたいことはたくさんあるが削り落としている」のと、「たくさん語っているつもりなのに語れていない」のとでは、中身(とその密度)がずいぶん違う。

その意味では、初めから言葉少ない作家でやり続けるより、キャリアのなかのある時期に、自分がどこまで饒舌になれるか、徹底的に語れるところまで語ってみるのは、作家にとって望ましいことだと思う。

例えば、アルヴォ・ペルト。2つの代表作で音数がずいぶん違う。

上の「タブラ・ラサ」は、とくに後半、大胆かつ緻密なオーケストレーションになる。ペルトの楽曲のなかで最も音数が多いもののひとつ。

下の「鏡の中の鏡」は、非常にミニマル。

これだけの少ない音数(しかも調もいたって平凡)で聴く者を惹き付ける力学は、どこから生まれるのだろう。私の永年のテーマである。

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