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2017年1月17日 (火)

作品の旬

これだけ世界にアート作品があり、名作と呼ばれるものが鑑賞しきれないほどあるのに、それでもなぜ新しい作品をつくりつづけるのか。

それは(作者がつくりたいから、という理由のほかに)、生き物に寿命があるように、作品にも旬だったり賞味期限だったりがあるからだ。

ビートルズの登場をリアルタイムで体験した人たちが、それがどれほど衝撃的だったか、彼らの音楽がどれほど素晴らしいか語るのをよく聞く。私もビートルズは好きだし、音楽は素晴らしいと思う。しかし、私(たちの世代)はビートルズを、残念ながらリアルタイム世代と同じようなショックと感動をもって感じることはできない。なぜなら、彼らの体験はビートルズの「旬」であり、我々の体験はそれが過ぎ去ってからのものだからだ。

例えばリスト。いま聴けばリストのピアノ曲は端正で美しい、しかも高度な技術を要する印象の曲に聞こえるが、「旬」の頃は、サロンでご婦人方がキャーキャー熱中して失神するくらいだったとか。今でいうこんな感じだったのだろうか。

作品の旬、流行りの理由を論理的に説明することはむずかしい。新しいということをのぞけば、その作品にそのとき特別なエネルギーがあったとしか説明できない。エネルギーの強さというのは、分析では説明できない要素である。

旬を過ぎた作品には、旬の頃の興奮を感じなくなる。逆言えば、食べ物と同じように、旬のときにしか味わえない特別な感動もある。

だからこそ作家は、つぎつぎに新しい作品を生み出すのである。

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