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2017年1月16日 (月)

創作とグリット

「作品」と一口に言っても、一筆書きから複雑、大規模なものまである。どちらのほうが優れているというわけでなく、それぞれの魅力がある。

しかし、時間のかかるほうの作品は、挫折せずに最後までモチベーションを持続させてつくりつづけなくては完成しない。

そのために必要なものが、前回触れた「グリット」。グリットとは、日本語にすると「やりつづける力」という感じだろうか。

例えば前々回引用したチャイコフスキー。インスピレーションがあってもなくても日々懸命に働きつづけなくてはいけないと言っているのは、クラシック音楽の作曲の宿命。曲の発想についてはインスピレーションに依るところが大きい作曲も、殊オーケストレーション、譜面書きとなると、かなりの部分が機械的な作業となる。

チャイコフスキーくらいの偉大な作曲家になるとどれくらい弟子に任せていたのか分からないが、オーケストレーションや譜面書きは、非常に長い時間、地味にコツコツと書いていく作業であるから、その間には派手なインスピレーションはむしろいらない。

同じく前々回引用した村上春樹さんは、「短編や中編で実験したことを長編に活かす」など、書き手にとっての短編小説と長編小説のちがいをいろいろなところで語っている。同じように、浅田次郎さんもここで以下のように語ってる。

「長編と短編では作家が使う筋肉が違います。マラソンランナーと短距離走者の体つきが違うように、違う職業と言ってもいいくらいです。僕は両方好きで書いています。それは、双方のトレーニング効果があるからです。短編を書き続けているから、引き締まった筋肉で長編を構成していくことができるんです。」

作曲にせよ文筆にせよ、それなりの規模の作品を完成させるには「グリット」が必要となる。

その「グリット」、日本語で「やりつづける力」などと言うと、どうしても根性、努力、みたいなニュアンスを伴うが、ここにある茂木健一郎さんの言葉が参考になるだろう。

「グリットには、『やる気』はあってもいいが、むしろなくても大丈夫、と考えていた方が、実践することができる。むしろ、『やる気』がないから私はできないんだ、というのは、やらないこと、続けないことの言い訳にしかならないことが多い。

『やる気』があろうがなかろうが、とにかく続ける、という粘り強い態度が、『グリット』にはむしろ向いている。毎日、燃える闘魂で10年も20年も続けるわけには行かない。むしろ、淡々と、やるべきことをやることで、遠くに行くことができるのである。

『グリット』は、むしろ、それを実践している人にとっては、呼吸をしているのと同じで、だからこそ、フラットに、ずっと続けることができる。一方、いわゆる『意識が高い』ことを自分に強要すると、かえってそれが邪魔になって、息切れして、続けることができなくなるのである。」

L1012222s

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