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2017年3月 3日 (金)

写真のよろこび、音楽や演劇のよろこび

4/30に南青山マンダラで、新作の音楽劇「慈眼寺」と、おかげさまで数えるのもめんどうなほど再演し、毎度好評いただいているコメディの音楽劇「さまよえる魂」を上演する。

このブログを読んでくださる方の多くは、私を写真家だと思っていてくださっていると思う。それはそれでもちろんありがたく、私のひとつの側面はたしかに写真家。

しかし4/30の舞台は、脚本・作曲・演出を担当するお芝居。写真は一切出てこない。

写真を始める前から作曲をしていて、お芝居に音楽をつける仕事を多くやらせてもらっていた。やっていくうちに、演出家のリクエストに応えるのではなく、自分の好きなところに好きな音楽を、しかも生音でつけるということをやり始めた。

「さまよえる魂」は私の何作目かのオリジナル音楽劇で、2002年か2003年の初演(写真を始める前のこと)。その後何度も再演していて、最後は2015年かな。

「慈眼寺」は、司馬遼太郎さんの「峠」の主人公にもなっている河井継之助にまつわるお芝居で、場面は明治維新。シンプルながら、これまでにやったことのないアプローチで取り組んでいる。

どちらも1人〜2人芝居の小さな舞台だが、佐々淑子、かねこはりいという実力派の俳優がやるから、作者でありながら、毎度イマジネーションがびしばし刺激される。

詳細はまた別の記事で。

ところで、写真や絵をつくって展示することのよろこびと、音楽をつくって自分で演奏することのよろこび、音楽をつくって演奏家に演奏してもらうことのよろこび、芝居をつくって演じてもらうことのよろこびは、それぞれまったく違う。質と量両面において。

写真や絵は自分のなかで完結するけれど、つくった音楽や芝居は、自分の枠から外に出て、奏者演者が作者の予想を超えた領域に運んでくれる。どちらが優れているということでなく、異質なよろこびである。

だからどれをどれほどやっても飽きない。しかも満足することもないから、また次をやろうと思うのだ。

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