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2017年6月

2017年6月12日 (月)

写真の未来と人間の未知な領域

Facebook社のクリス・コックス氏によると、2022年までにインターネットの通信量の75%が動画になるという予測があるそうです。

静止画の写真がなくなることはないでしょうが、情報伝達の目的で静止画が使われる割合は、現在よりぐっと小さくなるのでしょう。

情報伝達の役割が大きかった絵画に、写真の登場とともに、アートとしての役割が増えたように、静止画の写真もそうなっていくのでしょうか。

いま懸命に静止画の写真撮影術を学んでも、その頃には大きく変わっている可能性があります。

また2016年は「VR元年」と言われました。数年前の立体テレビは二千円札と同じくらい普及しませんでしたが、いまのVRの台頭はホンモノのように思います。

静止画、動画、だけでなく、立体映像を一般市民が専門技術なしに撮影できるようになる時代もそう遠くないでしょう。

静止した2次元のものが中心だったアートは、時間軸が加わり、さらには立体化、3次元化していきます。

不思議なもので、人間は視覚と聴覚にまつわる創作をアートと呼び、味覚、嗅覚、触覚はあまりそう呼ばない傾向があります(もちろん芸術的と呼ばれる料理、香水等は多数あります)。

しかし、これからのアートには、残りの3感が積極的に取り入れられていく可能性があるように私は思います。少なくとも、その余地は多分にあります。

現代社会では、視覚、聴覚、そして言語を使う才能(読み書き読解を含め)、運動能力は、小さい頃ころから伸ばそうとしますが、それ以外の感覚にまつわる能力を積極的に伸ばそうとする人は少数です。

味覚、嗅覚、触覚といった、いまの学校教育ではさほど重要視されていないところに能力がある人は当然いるわけで、我々の将来と、全身体的な能力を考えると、もっともっと開発されていいのではないかと私は考えます。

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2017年6月10日 (土)

多く読まれている記事

2012年の1月にこのブログ「焦点:」を立ち上げているので、かれこれ6年半くらい書いていることになります。

連続して書くこともあれば、休んだりもしますが、飽きっぽい私が、一銭も入らない仕事をこれだけ続けていることを自分で褒めてやりたいと思います。

よく「いつもブログ読んでます」とか「隅々まで読みました」とか「休暇中にずっと読んでました」とか言われて、うれしい反面、どこかに隠れてしまいたい氣分にもなります。

私みたいな者でも写真についてたくさん書けるのは、音楽や絵画など他のアートフォームに比べて、写真には解明されていないこと、説明されていないことが多いからだと思っています。

かつてはもっとカメラ機材に寄ったブログも書いていて、そのときのほうがアクセス数は多かったのですが、物欲を刺激するのはいまは他の方に任せています。

ちなみに「焦点:」の名前は、日曜日に放送されている「笑点」からとりました。番組名は「焦点」のモジリだそうです。

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さて、今回は、これまで書いた記事のなかから、よく読まれているものをいくつかご紹介します。

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テーマとモチーフ

ためしにGoogleで「テーマとモチーフ」と検索してみましたら、上位に出てきます。ちょっと前の記事ですが、今でも多くの人が(どこから来るのか分かりませんが)読んでくださってます。この記事を書く以前は、「花をテーマに撮ってます」とか言う方が多かったのに、最近は少なくなったと感じるのは、この文章の影響も少しはあるのかなと思ったりしてます(ちがうかも)。

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写真に写るもの(1)

「『何を撮っていいか分からない』となった人は、写真を撮る動機をもう一度見つめ直すべきだ。なぜなら、そういう状態のとき、たいていの人は『人の目にどう映るか』のために写真をやっているからだ」という内容のことを書いて、一時期SNSでかなりシェアされました。

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焦点

記念すべき最初の記事。

「写真はよく『選択の芸術』と言われるが、ここでいう選択とは、何にfocusし、何にfocusしないかという『焦点の選択』なのである。」

今でもこの通りだと思っています。

この記事に添付した下の写真、この場所も最近取り壊されました。

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2017年6月 5日 (月)

リニア脳と非リニア脳

細野晴臣さんと星野源さんの本「地平線の相談」を読んでいたら、細野さんが左脳を使うからなるべく音符を使わないという意味のことを言っていました。音楽は右脳でやることだから、と。

それは実感としてよくわかります。楽譜に限らず、文章も、書き続けると頭が左脳化してきます。

楽譜はともかく、文は完全に「リニア」、つまり、一直線に進むものです。同時多発できないのです。例えば音楽や他の美術は、同時に何音か鳴っていたり、複数のレイヤーがあっても成立しますが、言葉に限っては、左から右、または上から下にのみ1本の線として進むことが大原則です。そうでないと理解してもらえません。

描写が上手いと言われる作家は、本来は順序なく同時多発で起きていることを、一直線の文章に「順序だてて」置き換えることに長けているわけです。それは、3次元の情報を1次元にする作業です。

読者は、頭のなかでそれを3次元に展開します。優れた作家というのは、それを「4次元」くらいに感じさせてくれる技術の持ち主なのかもしれません。

ともかく、私の場合、文章に長い間集中していると、次第に頭のなかが言葉で満たされ、「○○だから××だ」と、リニアでロジカルになっていきます。

逆に、非リニアな仕事を続けているときは、文章が書けなくなっていきます。ここのところブログが滞りがちなのはそのためです。

私たちは何かを「考える」とき、言葉で考えることがほとんどだと思うのですが、アートでは、言葉やロジック以外で考えることがとても大切です。

先日整体に行ったとき、「頭がとても疲れてますね」と言われたのは、しばらく左脳を使いすぎていたんだと思いました。その後、右脳の仕事が続いているので、いま頭はちょっと非リニア。久々にブログでリニアになりました。

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