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2018年1月

2018年1月27日 (土)

フォトストーリーNight

市ヶ谷のカロタイプで開かれている安達ロベルト特別ゼミ「写真・動画・音楽で綴るフォトストーリー」。

第1期生が、伝説のライヴハウス・南青山マンダラで、修了作を上映します。 全員が動画編集初心者からスタート。

短期間の制作ながら、それぞれのショートムービー作品には、作者の個性が煌々と光っています。

それはもしかすると、洗練させていたったらなくなってしまうかもしれない原石の輝き。今しか見られない光かもしれません。

モチーフはストリートスナップからネコまで。

ピアノとチェロの生演奏で盛り上げます(音楽だけお楽しみいただくセクションもあります)。

居心地のライヴハウスの空間で、おいしいお酒と料理とともにお楽しみください。

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「フォトストーリーNight」

<出演>
安達ロベルト(Pf) 宮澤 等(Vc)
& 新進フォトストーリーアーティストたち
 Kasumi
 瀬野豊
 kazumasa abe
 コギー野口
 Atsuko Kubota
 TaIzO

2018/2/27 (Tue) 開場18:30 開演19:30
¥2,500 +1drink別 1/27より前売開始 前
売り券は店頭もしくはcontact[at]robertadachi.comまで

南青山マンダラ
107-0062 東京都港区南青山3丁目2-2MRビルB1
Phone:03-5474-0411
http://www.mandala.gr.jp/aoyama/

デジタルフォトストーリー ゼミ
https://www.calotype.jp/workshop/applications_now_open/digitalstory-b2/

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2018年1月22日 (月)

「陰影礼賛」とフランス

以前、リコーのカメラGXRのカタログ写真の撮影でパリに行った際、むこうで写真に携わる人の多くが、谷崎潤一郎の「陰影礼賛」を読んでいることを知り、驚きました。聞くところによれば、写真学校の教材にも使われているとのこと。

フランス語のタイトルはわかりませんが、英語では「In Praise of Shadows」。「影を讃えて」といったニュアンスでしょうか。この本が世界中の写真、映像に関わる多くの人々に読まれ、影響を与えていることをこのときまで知りませんでした。

その後いろいろ調べてみると、学生時代に観て感銘を受けたフランス映画「めぐり逢う朝」も、「陰影礼賛」を教科書に、ろうそくを照明に用いたりしながら撮影したということを知りました。

師匠と弟子が「再会」し、ヴィオラ・ダ・ガンバで「会話」するこのシーンなどは、まさにその代表でしょう。美しい映像です。監督はアラン・コルノー、撮影はイヴ・アンジェロ。


1/27から始まる「光の時」第8期では、世界で読まれている「陰影礼賛」を読み解き、それをもとに撮影してみます。

まだ空席があるようですので、美意識、光にたいする感性をブラッシュアップする機会があなたにも得られますよ。詳細・お申し込みはこちら

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© all rights reserved

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2018年1月 8日 (月)

夕陽に思う

先日仕事で撮影に行ったときに見た夕陽は、雄大でした。

空の広さ、光の神秘をあらためて感じさせる夕陽。写真にはそのリアルな姿は写り切りません。でも、少しでもそれを写そうと、夢中で撮影しました(下の写真はその合間にiPhoneで撮ったもの)。

撮影しながら、2つの夕陽を思い出しました。

ひとつは、20代前半に見た夕陽。

就職活動をせず、大学卒業後に作曲の道に進むと言って修行を始めたはいいものの、専門教育を受けたことがなく、大人になってから始めたピアノやクラシックの作曲法は不器用そのもので、理想の姿とのギャップに日々苦しむ毎日を送っていました。

やるしかないことはわかっているけれど、指は自由に回らないし、クラシックの素養もない。くやしさとコンプレックスが募るばかりで、やる氣が空回り。

修行を始める前は、でたらめなピアノを弾いて友だちに半ば無理矢理にでも聴いてもらうのがあんなに楽しかったのに、いつの間にか恥ずかしさと苦しさを感じるようになっていました。

それでも続けられたのは、夢と理想があったから。それに近づくために毎週出される課題のほか、とにかく最低毎日1フレーズつくることを自分に課したり、また家にいるときは何もなくてもたいがいピアノに座り、とにかく暇があれば弾いていました。

そんなころ、当時住んでいた家から歩いて15分くらいの鎌倉・稲村ケ崎に行っては、よく夕陽を眺めました。どこかの火山が噴火したせいで、連日ドラマティックな夕陽が見られたからです。それまで歩いたり話していた人々が、夕陽の時間になると砂や岩場に腰を下ろし、固唾をのんでそれを見守りました。

考えました。なぜ夕陽は私たちの心を動かすのだろう。私もいつか夕陽のような作品をつくりたい、と。

もうひとつは、2004年にラオスで見た夕陽。

2003年に初めてカメラを買い、写真を本格的にやるようになって最初の海外。それまで旅にカメラを持って行くことを半ば否定していた自分が嬉々として撮影するようすは、自分自身でも滑稽でした。

それまでも旅は比較的多くしていたものの、観光よりも、人との交流や、何かを経験することを重視していた私。でもこのときは撮影に夢中になりました。

首都ビエンチャン、古都ルアンパバーンに流れるメコン川。そこに沈む夕陽は、連日ドラマティックでした。実際には写真と関係ない仕事で行ったのですが、仕事の合間に抜け出しては、限られた時間で撮影しました。

写真の素晴らしいところは、いまいる世界を肯定し、受け入れる側面があるところ。作曲は、ゼロからつくるところからスタートしますが、写真はすでにそこにあるものを受け入れるところからスタートします。

写真をやるようになって、世界をより肯定的に見るようになりました。その「世界」には自分自身も含まれます。作曲の修業時代になかなか受け入れられなかった自分自身をも、写真をやるようになってからは、より認めることができるようになったんじゃないかな。

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