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2018年9月22日 (土)

目的語と型と写真

ここのところ翻訳の仕事をしていることは前に書いた。

日本語は主語があいまいとよく言われる。たしかにその通りではあるが、書き手がはっきりしているエッセイなどの類いは、主語がぼやけていても、だいたいわかるものだ。

ところが、訳していて、主語以上にあいまいだと感じるのが「目的語」ということにやっていて氣づいた。

「今後ともよろしくお願いします。」

「もっとがむしゃらにやりなさい。」

「歴史あるこの街を歩いて、サイトに残していこうと思う。」

たとえばこれらの文(いまやってる仕事とは関係なし)、英語に訳そうとすると必ず「何を?」となる。

具体的に、何をよろしくしてほしいのか、何をがむしゃらにやるのか、何を残すのか、それら明確な「目的語」がない。なくても成立するのが日本語で、入れるとクドい印象になったりもする。

文法の話をすると、英語には自動詞と他動詞があって、他動詞は目的語を加えなくてはならない(たとえばI have a pen. は I haveだけでは終わらせられない)が、日本語の動詞の多く(全部?)は、自動詞として成立してしまうのだ。

ちょっと論理の飛躍に聞こえるかもしれないが、この言語構造こそがもしかすると、「型」を重んじる日本文化を生み出している一因かもと思えてきたりする。

なぜなら、型には、目的や対象はばくぜんとはあるが、具体的なことはさほど重要視されず、どうやるか、どう美しいかたちにするかにまずは重きが置かれるからだ。つまり、型という動き(=動詞)は、目的(=目的語)があいまいでも成立する。むしろそれをはっきりさせようと質問すれば、「考えずにまずは覚えろ」となる。

写真は、カメラを使って対象物、目的となるものの画像を捕らえる行為。ひょっとしたら、この言語構造が、日本人のつくる写真、日本人のやるカメラワークに影響している可能性があるかもと思ったりもする。

R6014853

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