エッセイと写真

2018年3月16日 (金)

帰国

フィンランド、アイスランドの旅から先ほど帰ってきました。撮影のお仕事でした。

いくつか候補地を挙げたなかで、クライアントさんの意向と(唯一)合致したのがアイスランド・レイキャビーク。エアチケットを調べるうちに、どこかで乗り継ぎをしなければならず、どうせならヘルシンキもということで、この2国になりました。

親しい人は知っていますが、アイスランドに行きたいとちょっと前から公言していて、好きなミュージシャンに不思議とアイスランドの人が多いのもその理由の1つでした。

仕事の成果はまた後日見ていただくとして、ヘルシンキもレイキャビークも、とにかくものすごく居心地がよかったです。旅のへんな高揚感も緊張感もほぼなく。

仕事も飲食もずっと1人でしたが(いっしょにライヴを観た老夫婦などはいましたが)、すっとそのエネルギーのなかに入っていけて、終始居心地がよかったです。それは、日本を含むアジアの街に溶け込む感じとも違っていたかもしれません。

なんでしょうね。ここ2年くらいYouTubeでヨーロッパ各地の人たちの動画をたくさん観ていたからでしょうか。その間に彼らの価値観をたくさん理解し、彼らと精神的に多くを共有したのかもしれません。YouTubeでは英語が共通語なので、彼らの話す英語を日常的に聞いていたのも大きいかもしれません。言語は文化ですからね。まあ、単に2国との相性がよかったのかもしれませんが。

撮影は、クライアントさんのための仕事はデジタル、合間に自分のための撮影をライカでTri-X2本分だけ撮りました。

うれしかったのは、ヘルシンキもレイキャビークも、フィルムのハンドチェックができたこと。まえにフランクフルトで別室に連れていかれたようなことが今回もあるんじゃないかと、内心おそるおそるリクエストしましたが、どちらの空港も快くチェックしてくれました。

 

Robert Adachi(@robertadachi)

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2018年1月22日 (月)

「陰影礼賛」とフランス

以前、リコーのカメラGXRのカタログ写真の撮影でパリに行った際、むこうで写真に携わる人の多くが、谷崎潤一郎の「陰影礼賛」を読んでいることを知り、驚きました。聞くところによれば、写真学校の教材にも使われているとのこと。

フランス語のタイトルはわかりませんが、英語では「In Praise of Shadows」。「影を讃えて」といったニュアンスでしょうか。この本が世界中の写真、映像に関わる多くの人々に読まれ、影響を与えていることをこのときまで知りませんでした。

その後いろいろ調べてみると、学生時代に観て感銘を受けたフランス映画「めぐり逢う朝」も、「陰影礼賛」を教科書に、ろうそくを照明に用いたりしながら撮影したということを知りました。

師匠と弟子が「再会」し、ヴィオラ・ダ・ガンバで「会話」するこのシーンなどは、まさにその代表でしょう。美しい映像です。監督はアラン・コルノー、撮影はイヴ・アンジェロ。


1/27から始まる「光の時」第8期では、世界で読まれている「陰影礼賛」を読み解き、それをもとに撮影してみます。

まだ空席があるようですので、美意識、光にたいする感性をブラッシュアップする機会があなたにも得られますよ。詳細・お申し込みはこちら

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2018年1月 8日 (月)

夕陽に思う

先日仕事で撮影に行ったときに見た夕陽は、雄大でした。

空の広さ、光の神秘をあらためて感じさせる夕陽。写真にはそのリアルな姿は写り切りません。でも、少しでもそれを写そうと、夢中で撮影しました(下の写真はその合間にiPhoneで撮ったもの)。

撮影しながら、2つの夕陽を思い出しました。

ひとつは、20代前半に見た夕陽。

就職活動をせず、大学卒業後に作曲の道に進むと言って修行を始めたはいいものの、専門教育を受けたことがなく、大人になってから始めたピアノやクラシックの作曲法は不器用そのもので、理想の姿とのギャップに日々苦しむ毎日を送っていました。

やるしかないことはわかっているけれど、指は自由に回らないし、クラシックの素養もない。くやしさとコンプレックスが募るばかりで、やる氣が空回り。

修行を始める前は、でたらめなピアノを弾いて友だちに半ば無理矢理にでも聴いてもらうのがあんなに楽しかったのに、いつの間にか恥ずかしさと苦しさを感じるようになっていました。

それでも続けられたのは、夢と理想があったから。それに近づくために毎週出される課題のほか、とにかく最低毎日1フレーズつくることを自分に課したり、また家にいるときは何もなくてもたいがいピアノに座り、とにかく暇があれば弾いていました。

そんなころ、当時住んでいた家から歩いて15分くらいの鎌倉・稲村ケ崎に行っては、よく夕陽を眺めました。どこかの火山が噴火したせいで、連日ドラマティックな夕陽が見られたからです。それまで歩いたり話していた人々が、夕陽の時間になると砂や岩場に腰を下ろし、固唾をのんでそれを見守りました。

考えました。なぜ夕陽は私たちの心を動かすのだろう。私もいつか夕陽のような作品をつくりたい、と。

もうひとつは、2004年にラオスで見た夕陽。

2003年に初めてカメラを買い、写真を本格的にやるようになって最初の海外。それまで旅にカメラを持って行くことを半ば否定していた自分が嬉々として撮影するようすは、自分自身でも滑稽でした。

それまでも旅は比較的多くしていたものの、観光よりも、人との交流や、何かを経験することを重視していた私。でもこのときは撮影に夢中になりました。

首都ビエンチャン、古都ルアンパバーンに流れるメコン川。そこに沈む夕陽は、連日ドラマティックでした。実際には写真と関係ない仕事で行ったのですが、仕事の合間に抜け出しては、限られた時間で撮影しました。

写真の素晴らしいところは、いまいる世界を肯定し、受け入れる側面があるところ。作曲は、ゼロからつくるところからスタートしますが、写真はすでにそこにあるものを受け入れるところからスタートします。

写真をやるようになって、世界をより肯定的に見るようになりました。その「世界」には自分自身も含まれます。作曲の修業時代になかなか受け入れられなかった自分自身をも、写真をやるようになってからは、より認めることができるようになったんじゃないかな。

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2017年4月20日 (木)

原点を思い出す

ここ数日、原点を思い出させてくれることがいくつかあった。

1つは写真、1つは音楽。

数日前、ライカショップ銀座でセンサークリーニングの手続きをしていると、紳士がこちらに手を振っている。セイケさんだった。

その後近くのカフェで数年ぶりにゆっくりお話させていただいた。ライカのこと、カメラ業界の将来のこと、フィルムのこと、デジタルのこと。

そのなかで、印画紙、とくにカラーがなくなるかもしれないという話のとき、プラチナなど古典技法なら印画紙がなくなっても大丈夫と私が言うとセイケさんが「現代のプラチナプリントなら、ゼラチンシルバーのほうがはるかに美しい」という意味のことをおっしゃった。

私がゼラチンシルバープリントの美しさとそのポテンシャルにきづいたのは、セイケさんの作品だった。Paris、Waterscapesのプリントを初めて見たとき「やばい」と思った。いまだそれを超える写真体験はない。そのときのことを銀座のカフェで思い出した。

この1年くらいデジタルでの撮影が多くなり、美しいインクジェットプリントもたくさん見てきた。だが、やはりゼラチンシルバーをもっとやろう、やらねばと思った。

昨日、おつき合いさせていただいてるデザイナーでコレクターの鎌田さんの南青山サンドリーズでの美しいショーに伺ったとき、坂本龍一さんと武満徹さんの話になった。

オーナーさんは店内に坂本さんのフライヤーを飾り、鎌田さんは事務所で武満さんをよく聴くという。2人とも私の原点の音楽家。

そして晩には坂本さんの番組を観た。がんを患った坂本さんは死を意識して創作している。私も一日一日大切に創作せねば。

そんな折に、鎌倉に住んでいた時分に仲良くしていた武田双雲さんのがネットで流れてきた。ほんと、そうだよな。

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2012年8月20日 (月)

遠い花火

たぶん小学校低学年の、夏休みも終わりに近づいた頃のことである。

私の生家は、戦前に建てられた伝統的な様式の木造建築で、稲作の盛んな新潟平野の最南端に位置する小さな集落にある。西側には低い山々、東側には一面水田が広がっている。

その東側の広い水田地帯の向こうに、やはり南北になだらかに続く山々があって、人々はそれを東山と呼ぶ。

その遠い東山の中腹で、毎年この時期に小さな花火祭りがある。ちょうど叔母の誕生日と同じ日のため、私は幼い頃からこの花火祭りの存在を忘れることがなかった。

さて、その晩。当時の子どもは夜更かしを固く禁じられていたため、花火を見たい氣持ちを抑え、しぶしぶ蚊帳の中にある床に就いた。なかなか寝付けない私の耳に、遠くから花火の音が聞こえてきた。

いてもたってもいられず私は、誰にも氣づかれないようにそっと蚊帳の下から手だけを出し、うつ伏せのまま障子戸を開けた。

遠くの東の空を見ると、その低い位置に赤や青の小さな粒たちが、音もなく開いては消えていった。一瞬、東山がかすかに照らし出されては闇に消えた。そして、何秒も経った後、ぽん、ぽん、と夏の湿氣を帯びた音だけがした。

しばらく沈黙が続き、また別な小さな光の輪が無音で、開いては消えた。蚊帳を通して見るから、よけいに淡く見えた。

当時の私の語彙には「美しい」という言葉はなかったが、その闇の彼方に小さく開いては消えたおぼろげな無音の光と、遅れて届くやわらかな火薬の音と、間にある深い沈黙は、夏の終わりの、はかなくも美しい記憶である。

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