エッセイと写真

2012年8月20日 (月)

遠い花火

たぶん小学校低学年の、夏休みも終わりに近づいた頃のことである。

私の生家は、戦前に建てられた伝統的な様式の木造建築で、稲作の盛んな新潟平野の最南端に位置する小さな集落にある。西側には低い山々、東側には一面水田が広がっている。

その東側の広い水田地帯の向こうに、やはり南北になだらかに続く山々があって、人々はそれを東山と呼ぶ。

その遠い東山の中腹で、毎年この時期に小さな花火祭りがある。ちょうど叔母の誕生日と同じ日のため、私は幼い頃からこの花火祭りの存在を忘れることがなかった。

さて、その晩。当時の子どもは夜更かしを固く禁じられていたため、花火を見たい氣持ちを抑え、しぶしぶ蚊帳の中にある床に就いた。なかなか寝付けない私の耳に、遠くから花火の音が聞こえてきた。

いてもたってもいられず私は、誰にも氣づかれないようにそっと蚊帳の下から手だけを出し、うつ伏せのまま障子戸を開けた。

遠くの東の空を見ると、その低い位置に赤や青の小さな粒たちが、音もなく開いては消えていった。一瞬、東山がかすかに照らし出されては闇に消えた。そして、何秒も経った後、ぽん、ぽん、と夏の湿氣を帯びた音だけがした。

しばらく沈黙が続き、また別な小さな光の輪が無音で、開いては消えた。蚊帳を通して見るから、よけいに淡く見えた。

当時の私の語彙には「美しい」という言葉はなかったが、その闇の彼方に小さく開いては消えたおぼろげな無音の光と、遅れて届くやわらかな火薬の音と、間にある深い沈黙は、夏の終わりの、はかなくも美しい記憶である。

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