原風景(1)「遠い花火」
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好きな写真のトーンについてあれこれ考えるうちに、私が美しいと感じるものには、幼い頃の光と闇の体験にその原点が隠されているのではないかと思い立ち、あれこれ記憶を掘り返しているうちに、いくつかの象徴的なできごとを想い出した。
今回はそれの第一回。
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たぶん小学校低学年の、夏休みも終わりに近づいた頃のことである。
私の生家は、戦前に建てられた伝統的な様式の木造建築で、稲作の盛んな新潟平野の最南端に位置する小さな集落にある。西側には低い山々、東側には一面、水田が広がっている。
その東側の広い水田地帯の向こうに、やはり南北になだらかに続く山々があって、人々はそれを東山と呼ぶ。
その遠い東山の中腹で、毎年この時期に小さな花火祭りがある。ちょうど叔母の誕生日と同じ日のため、私は幼い頃からこの花火祭りの存在を忘れることがなかった。
さて、その晩。当時の子どもは夜更かしを固く禁じられていたため、花火を見たい気持ちを抑え、しぶしぶ蚊帳の中にある床に就いた。なかなか寝付けない私の耳に、遠くから花火の音が聞こえてきた。
いてもたってもいられず私は、誰にも気づかれないようにそっと蚊帳の下から手だけを出し、うつ伏せのまま障子戸を開けた。
遠くの東の空を見ると、その低い位置に、赤や青の小さな粒たちが、音もなく開いては消えていった。一瞬、山がかすかに照らし出されては闇に消えた。そして、何秒も経った後、ぼん、ぼん、と夏の湿気を帯びた音だけがした。
しばらく沈黙が続き、また別な小さな光の輪が無音で、開いては消えた。蚊帳を通して見るから、よけいに淡く見えた。
当時の私の語彙には「美しい」という言葉はなかったが、その闇の彼方に小さく開いては消えたおぼろげな無音の光と、遅れて届くやわらかな火薬の音と、間にある深い沈黙は、夏の終わりの、はかなくも美しい記憶である。
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Comments
これを読んでるとまるで自分の思い出のような錯覚に落ち入り、情景が滲み出るように浮かんでくるようです。素晴らしい描写です。
Posted by: photomio | February 05, 2007 at 06:53 AM
photomioさま、ありがとうございます。
先日頂戴したクエスチョンを考えているうちに、突然、忘れていた映像がよみがえってきました。ありがとうございました。
Posted by: ロベルト | February 05, 2007 at 07:35 AM