今日は彼女とデート。彼女のことを知って随分経つが、今日がはじめての外出。
天気もいい。ちょっと電車で「小さな旅」でもしてみようか。
いまどき珍しく古風な彼女は、口数が少なく、ボクから質問しない限り自分から口を開くことはない。はじめはとっつきにくいかなと思ったが、いざ一緒に歩いてみると、それゆえかえって安心する。
彼女は真昼の日差しが苦手そうだったので、陽がちょっと傾くまでカフェで話しをした。ボクは彼女をじっと見つめた。ちょっと小柄だけど存在感のある彼女は、本当に美しいと思う。
夕方、海を見に行った。波打ち際で彼女の手を握った。ひんやりとした彼女の肌には、なんともいえない品があった。
日が暮れてから都心に戻って、食事をした。帰りがけに、ビルの上から二人で夜景を見た。彼女が見ているものが、ボクにも見えているような気がした。彼女の目を通して、ボクはこの夜の街並みを見ているのだ。
別れた後、家に着くと、すぐに手紙を書いた。丁寧に言葉を選んで、お気に入りの万年筆を使って書いた。
いざ投函してみると、もしかして余計なことを書いてしまったのではないか、返事は来るんだろうか、とあれこれ心配になった。
数日後、返事が届いた。
ドキドキしながら封を開けてみた。そこには、手書きのきれいな文字で書かれた、やさしい文章があった。心配は無用だった。こんなに美しい手紙を、ボクはこれまで読んだことがあっただろうか。一言一言に彼女の想いが込められている。ボクは何度も何度も読み返した...

...以上、すべて作り話。
ちょっとくさいたとえ話だが、実はこれがまさに、私がはじめてライカを使ったときの気持ち。
ライカは、自動では何一つしてくれない。露出もピントもフィルムの巻き上げも、全部手動。撮る側にはまったくサービスなし。はじめは不安だったが、それが安心に変わるまで、あまり時間は要らなかった。
ライカは、シャッタースピードが1/1000までしかないので、真昼はちょっと苦手。レンズの個性を出すのにも、夕方のような、淡い光が最適かと思う。
撮影を終えてから現像を待つまでの空白の時間は、ちょうど、手紙の返事を待つときに似ている。露出は合っていただろうか。ピントは合っていただろうかと、あれこれ心配になる。
ところが、あがってきたフィルムを見れば、そんな心配は一気に吹き飛ぶ。ライカレンズのやさしい描写が、想い出をそのままそこに焼きつけてくれているからだ。一枚一枚に想いが凝縮されているように思える。
最新のデジタルカメラは、まるで、気の置けない友達と外出して、その直後に携帯メールをやりとりするようなものかもしれない。何枚撮ってもコストがかからないから気楽だし、すぐに結果もわかる。だが、画像を見るときにドキドキすることもないし、何度も見返すようなこともあまりないだろう。
私は、デジタルカメラを否定しない。むしろ、その合理性を肯定する側の者だと思う。
だが、今の私には、デジタルカメラとでは、こんなに豊かな時間は持てないし、まして「ラブレター」なんて書けないんじゃないだろうか。
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Leica M6 + Summilux 35mmF1.4
F2.8 1/125s TMX
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