creativity

February 06, 2007

原風景(3)「冬の星」

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前回書いた「ひとり」の期間の後、再び両親、姉妹とともに暮らすことになった。

そのころ、祖父が私に天体望遠鏡をプレゼントしてくれた。今思えば倍率もそれほど高くない、シンプルな反射望遠鏡であったが、異次元を垣間見ることのできる贈り物に喜んだ。

祖父の期待通り、私は天体に興味を持った。星の図鑑を毎日飽きずに眺めた。とりわけ冬の星が好きだった。オリオン座、おうし座、ベテルギウス、シリウス、リゲル、馬頭星雲、M42大星雲、プレアデス星団、アルデバラン、、、。

写真の中の神秘的な光と陰に吸い込まれ、未知の世界へと想像を馳せた。

冬の晴れた夜、母を無理やり外に連れ出し、雪国では珍しく澄み切った空の一点を差し、あの星が見たいと言った。オリオン座のベテルギウスであった。図鑑に、銀河系で最も大きいとあったあこがれの星だ。

雪の上に置いた天体望遠鏡を、まずは母が覗いてその星を探してくれた。しばらくして、母が見えたというので、私もせっかちに見たい見たいと言った。

だが、身長が足りず、ファインダーが上についた反射望遠鏡を覗くことができない。母に抱きかかえられ、必死に見ようとしたが、結局だめだった。

ひどく落ち込んだが、イマジネーションの中では、巨大な星ベテルギウスが、暗闇の遥か彼方にぼんやりと、しかし悠然と赤く光る姿が見えていた。

その想像上の姿は、今でも私の中に記憶として残っている。仮に望遠鏡で実物を見ていたら、美しい映像の記憶としては残らなかったであろう。

0506s
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Leica M6 + Summar 5cm F2
F2 1/8s TMX
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January 29, 2007

原風景(2)「ひとり」

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4歳のときであった。父の転勤に伴い、祖父母を残し、両親と姉妹とともに実家を離れることになった。

ところが、なぜか私ひとりだけが、実家に祖父母とともに残ることになった。

そのときの記憶はまったくないのだが、母に聞くと自ら希望したのだという。もしかすると、「さみしくなるのぉ」という祖母の言葉に、子どもながらに責任を感じ、ひとりで残ると言ったのかもしれない。

それから数ヶ月間、親きょうだいと離れて生活した。一番親に甘えたい年頃、しかも、子どもの頃の数ヶ月は、大人の数年相当の時間の長さに感じる。ときどき母を思い出して寂しくなって、隠れて泣いたことを覚えている。

近所の保育園が肌に合わず、「登園拒否」をしていたため、同じ年頃の子どもたちとの接触はゼロだった。毎日毎日、古くて広い家の中でひとりで遊んだ。実質的な意味での「引きこもり」だった。

一番の友だちは、いくつかのおもちゃと、本と、落書きのできる広告の裏と、家の裏にある木々だった。よく家の中から風に揺れる木々を眺めた。もしかすると当時は、木と話をしていたのかもしれない。家ともよく遊んだ。

この「ひとり」ですごした数ヶ月が、私の感性の形成に最も深く影響を与えたのではないかと思うことがよくある。

0402s
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Leica M6 + Summar 5cm F2
F6.3 1/125s TMX
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January 25, 2007

原風景(1)「遠い花火」

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好きな写真のトーンについてあれこれ考えるうちに、私が美しいと感じるものには、幼い頃の光と闇の体験にその原点が隠されているのではないかと思い立ち、あれこれ記憶を掘り返しているうちに、いくつかの象徴的なできごとを想い出した。

今回はそれの第一回。

* * : : : * * : : : * * : : :

たぶん小学校低学年の、夏休みも終わりに近づいた頃のことである。

私の生家は、戦前に建てられた伝統的な様式の木造建築で、稲作の盛んな新潟平野の最南端に位置する小さな集落にある。西側には低い山々、東側には一面、水田が広がっている。

その東側の広い水田地帯の向こうに、やはり南北になだらかに続く山々があって、人々はそれを東山と呼ぶ。

その遠い東山の中腹で、毎年この時期に小さな花火祭りがある。ちょうど叔母の誕生日と同じ日のため、私は幼い頃からこの花火祭りの存在を忘れることがなかった。

さて、その晩。当時の子どもは夜更かしを固く禁じられていたため、花火を見たい気持ちを抑え、しぶしぶ蚊帳の中にある床に就いた。なかなか寝付けない私の耳に、遠くから花火の音が聞こえてきた。

いてもたってもいられず私は、誰にも気づかれないようにそっと蚊帳の下から手だけを出し、うつ伏せのまま障子戸を開けた。

遠くの東の空を見ると、その低い位置に、赤や青の小さな粒たちが、音もなく開いては消えていった。一瞬、山がかすかに照らし出されては闇に消えた。そして、何秒も経った後、ぼん、ぼん、と夏の湿気を帯びた音だけがした。

しばらく沈黙が続き、また別な小さな光の輪が無音で、開いては消えた。蚊帳を通して見るから、よけいに淡く見えた。

当時の私の語彙には「美しい」という言葉はなかったが、その闇の彼方に小さく開いては消えたおぼろげな無音の光と、遅れて届くやわらかな火薬の音と、間にある深い沈黙は、夏の終わりの、はかなくも美しい記憶である。

0403s
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Leica M6 + Summilux-M 35mmF1.4
F5.6 1/15s 400TX @160 ISO
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November 01, 2006

ものづくりのエネルギー(3)

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坂口安吾が「FARCEに就いて」という文の中で、こう述べている。


「代用の具としての言葉、即ち、単なる写実、説明としての言葉は、文学とは称し難い。なぜなら、写実よりは実物のほうが本物だからである。単なる写実は実物の前では意味を成さない。」


「言葉」を「写真」、「文学」を「作品」と置き換えて読んでみると、そっくりそのまま、いわゆる芸術としての写真についての説明となるであろう。

写真が単なる写実であれば、それは、実物の前では意味をなさない。目の前にある現象をそのまま記録するだけの写真は、また、芸術とは呼びがたい。

写真撮影という、現代においてはお茶を点てるよりも簡単にできてしまう作業で、なにか新しいものをつくりだそうとすれば、そこには、写実や説明、模倣を超えた何かがなくてはならい。

R0011176s

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Ricoh GR Digital + Wide Conversion GW-1
F4 1/55s ISO400 B/W Mode
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October 29, 2006

ものづくりのエネルギー(2)

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前回、《展開タイプ》が、《単純化タイプ》よりも価値が置かれているという話をしたが、絵画の世界でもその傾向があるように思う。面積の大きい絵画ほど高く売れるし、いわゆる画伯と呼ばれる諸先生方はこぞって大きい絵を描こうとする。

だが、そのうちの多くは本来《単純化タイプ》の画家なのだが、無理をして大きい絵に挑戦しているように私には感じられる(日本人には《単純化タイプ》が多いと思う)。

その結果どういうことが起きるかというと、面積が大きくなればなるほど、(エネルギーの)密度が薄い絵になってしまうのだ。小さければぎゅっと凝縮された絵なのに、わざわざ大きくしたがために、インパクトが散漫になってしまう。

作曲にも同じことが言える。

小曲ではすばらしい才能を発揮している作曲家が、2時間の大曲を書いたら、全体的に密度の薄い印象になってしまって評判が悪かったという例を知っている。おそらく彼も《単純化タイプ》なんだと思う。

R0011156s

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F4 1/200s ISO400 B/W Mode
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October 27, 2006

ものづくりのエネルギー(1)

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作家、アーティストなどと呼ばれる「ものをつくる人」には、そのエネルギーの方向において、大きく分けて二通りのタイプがいると思う。

小さな(単純な)ことを大きく(複雑に)展開することが得意なタイプと、
大きな(複雑な)ことを小さく縮める(単純にする)ことが得意なタイプ、である。

前者《展開タイプ》が得意とするものは、文章で言えば長編小説、音楽ならば交響曲、建築ならコンプレックスといったところだろうか。

それに対し、後者《単純化タイプ》が得意とするのは、詩、唱歌、インテリアあたりだろうか。

では、写真の場合はどうだろう。

展開タイプは、量で圧倒する写真集を得意とするし、単純化タイプは、作品単体に意味を持たせることを得意とするように思う。

現代では、写真の世界はそうでもないが、それ以外の世界ではどうも《展開タイプ》によけいに価値が置かれているように思う。だが、それぞれは本来別な作業のはずだから、どちらが優れているということではないはずだ。

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